夢グレ⑤ 本番!
11月1日午前7時、南海高野線紀見峠駅前。
五たびこの楽園に戻ってきました。
前回投稿のように、小説「エデン」風に書きますと・・・
ここは、この世でいちばん過酷な楽園だ。
過酷なことはわかっているのに、ウルトラランナーたちは楽園を目指し続ける。
楽園に裏切られる者も、楽園を裏切る者もいる。
楽園を追われる者も、そしてまた舞い戻ってくる者も。
それでもこの場所はまぎれもない楽園で、ウルトラランナーたちは誰もがこの場所を目指すのだ。
スタートを待つ28人のウルトラランナー達の表情は晴れやかでした。初参加の方は少し緊張しています。一人一人が秘めた思いは異なりますが、これから待ち受ける苦難に対して、皆さん覚悟を決めたように見えます。さて、私も覚悟を決めなくては。
320kmという距離を考えると、その距離に打ちのめされるので、各チェックポイント(CP)やエイドステーション(AS)毎に小割にして、全部で25のレースがあると考えるようにしました。これは、2回目の試走会で名古屋のN島さんに教わったやり方ですが、達成可能な目標を積み上げることが超長距離レースを完走するコツだそうです。
では、順に振り返ってみましょう。
スタート(紀見峠駅)~金剛山山頂CP (区間距離17.1km)
スタートからしばらく進むと、紀見峠まで続くロードの激坂が我々を待ち受けます。実はこの坂は曲者で、山登りを除いたロードの坂では、コース中で一番傾斜のキツイ上り坂ではないでしょうか。距離にすればおそらく1km足らずなのですが、下手な登り方をすれば、ここで足を使い切ってしまうことも十分にあります。
大腿四頭筋を使わずに、お尻の筋肉をうまく使って、スピードも抑えめに。
紀見峠からはいよいよ登山道に入ります。距離は気にせず、一歩一歩着実に足を進めることのみに集中しました。
山頂到着は9時28分。計画では9時30分でしたので、ほぼ計画通りです。
金剛山山頂CP~水越峠AS (区間距離5.2km)
山の下りは苦手です。スリリングな下りに魅了された時期もありましたが、最近は苦手意識の方が強いと思います。
上りが苦しいのは間違いありませんが、岩場であろうと、階段であろうとそんなにストレスはありません。基本は歩いて登りますし。
問題は下りです。特に足場の悪い道と、段幅が大きい階段はいつも苦労します。普通に考えれば上りに比べて楽なはずですが、ストレスはこちらの方が遥かに大きく、「早く上りにならないかなぁ」と思います。
緩やかで平坦な下りであれば問題はないのですが、そんな下りはめったになく、木の根が縦横無尽に張り巡らされ、岩がゴロゴロ転がっており、雨の後は非常に滑りやすくなります。
「さあ、派手に前のめりに頭から突っ込みましょう」とか「ぐぎっと足をひねっちゃって下さい」とか「思い切りツルっと滑りましょう」などと、悪魔のささやきが聞こえてきそうなトラップが至る所に仕掛けられています。
比較的状態の良い下り道では、一旦スピードが上がってしまうと、まるでジェットコースターに乗っているような感覚になります。瞬時に足の置き場を見極め、体制を整え、両腕でバランスを取りながら軽快にジャンプしながら落ちていきます。そう、まさに落ちていくという感覚なのです。
水越峠までの下りは、トレイルが整備されており気持ちよく落ちていくことができました。
水越峠到着は10時18分。計画では10時25分でしたので、ここもほぼ計画通り。足の状態も良く、快調です。
水越峠AS~葛城山山頂CP (区間距離3km)
直線距離は短いのですが、ひたすら急登が続き、厳しさのステージが一段上がった感じがします。中腹から後ろを振り返れば、先ほど登った金剛山が鮮やかに浮かび上がっていました。
その時です。ものすごい勢いで二人のランナーが駆け上がって来る姿が目に入りました。実力者は1時間遅れの8時にスタートするのですが、なんとトップのランナーがもう追いついてきたのです。そのうちの一人は、名古屋のN島さん!信じられないスピードであっという間に追い抜いていきました。
実力の違いをまざまざと見せつけられながらも、あくまでもこちらはマイペース、マイペース。山頂到着は11時6分。計画では11時10分でしたので、ほぼ計画通りです。
葛城山山頂CP~近つ博物館CP (区間距離10.5km)
葛城山を終えたと思っても安心できるわけではありません。岩橋山山頂直前の半端ない急登が待っています。ぼちぼち足に乳酸がたまり始め、筋疲労を感じ始めるこのタイミングで目の前に立ちはだかる急登は、まるで垂直の壁のようです(実際はそうでもないのですが・・)。
足や手を総動員して登りきると、「やれやれ、前半の山場が無事に終わった」とホッと一安心です。
平石峠を経て舗装されたロードに出たときは、思わず「よっしゃー、待ちに待ったロードやー」と拍手してしまいました。
快調に飛ばして13時2分に近つ博物館に到着。計画では13時15分でしたので、ここもほぼ計画通り。エイドステーションでバナナやパンを食べて腹ごしらえも十分です。
近つ博物館CP~法隆寺CP (区間距離27.2km)
ここまでは足のトラブルもなく順調に進んできましたが、ぼちぼち第一関門の17時30分が気になり始めました。残りの距離と時間から逆算すると、関門には十分に間に合うと思ったのですが、それでもレースでは何が起こるかわかりません。
更に、このあたりになると前後にランナーは誰もおらず、一人ぼっちで孤独との戦いになります。
残り3kmあたりで辺りはすっかり暗くなり、リュックからヘッドライトを取り出してライトを灯しました。いよいよナイトランのスタートです。
法隆寺には17時17分に到着。17時30分と思っていた関門時間はどうやら18時に変更されてたようです。エイドステーションに先に到着していたKさんは、足をくじいたとのことで、ここでリタイヤされるとのこと。Kさんを含めここまで3人がリタイヤされました。
法隆寺CP~平城京跡CP (区間距離15.1km)
暗闇の中、松尾山山頂を目指します。
見えるのはライトに照らされた地面だけ。聞こえてくるのは鳥の鳴き声のみ。
見上げると雲の合間からポッカリ浮かんだ鮮やかな満月。月明かりに照らされた雲が流れる様は、まるで水墨画を見ているようでした。
この状況を独り占めできるなんて、これだからナイトランはやめられません。
平城京跡にたどり着くと、暖かいうどんが待っていました。次第に気温が下がり始め、肌寒さを感じ始めたころだけに、暖かいうどんは身に染みるほど美味かったです。
平城京跡CP到着は20時19分。予定より9分遅れとなりました。
平城京跡CP~山城大橋CP (区間距離16km)
JR西木津駅を過ぎて、木津川に出ると、ここから山城大橋までの、長い長い長い堤防が始まります。ここを一人で走るのは本当に辛いです。
これまでのレースですと、誰かに追いついたり、誰かに追いつかれたりで、一人になることはありませんでした。
前には誰もいません。後ろから誰かが近づいてくる気配はするのですが、振り返ってもだれもいません。おかしい。そんなに早いペースではないので、誰かに追いつかれてもおかしくないのですが、誰にも追いつかれません。
山城大橋到着は23時10分。予定より30分遅れ。遅れが大きくなってきましたが、十分挽回可能な時間なので、そんなに気にはなりませんでした。
エイドステーションでスタッフから、平城京跡で更に5人リタイヤされたと聞きました。
コース上に残っているのは20人。その中で私は20位!どうりで誰も追いついてこないはずです。
山城大橋CP~宇治朝霧橋CP (区間距離11.5km)
山城大橋を出てから、足が進まなくなってしまいました。
わずかな上りの坂でさえ走るのが難しくなってきました。太ももの前側(大腿四頭筋)に蓄積されたダメージがここにきて出てきたようです。
やばい、なんとか回復させないと。止まってはだめだ、歩きながら回復させるんだ。
坂道が走れない。時間だけが過ぎていく。やばい。
この時、私の頭の中では、五日前に観た「映画 鬼滅の刃」の煉獄杏寿郎の言葉が駆け巡っていました。
己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと、心を燃やせ、歯を喰いしばって前を向け。
君が足を止めてうずくまっても、時間の流れは止まってくれない。
共に寄り添って悲しんではくれない。
己を鼓舞しながら足を前に出そうとするのですが、残念ながら思うように進みません。
何故だ、山城大橋までは調子が良かったのに。どこで間違ったんだ・・・
宇治朝霧橋に到着したのが1時30分。ここから西笠取の峠を四つ超え、山城大橋までの24.4kmを3時間半で走るのは、この足の状態では不可能と判断し、やむなくリタイヤする決心をしました。
スタートから106.5km。18時間30分が経過していました。
あっけない幕切れでした。
JR宇治駅~自宅
始発電車に乗るべくJR宇治駅に向かったところ、駅でリタイヤされた二人の方と出会いました。話は自然と来年の話になりましたが、正直言ってこの時点では、夢グレは今年でやめようと思っていました。
どう鍛えても、完走できるとは思えません。それよりも、出場を望んでいる若い方にチャンスを譲って、裏方に回ろうかと思いました。
3人で宝ヶ池のチェックポイントまで預けた荷物を取りに行き、地下鉄と阪急を乗り継いで帰路につきました。
コンビニで何か買って食べればよかったのですが、何も食べる気になれず、そのまま電車に乗ろうとしたところ、極度の空腹で吐き気がしてきました。緊急事態に備えて、やむを得ず各駅停車に乗ったのですが、途中で気持ちが悪くなって2回ほど下車してしまいました。
普段の倍の時間をかけて、なんとか自宅までたどり着き、風呂に入って、汚れたウエアを洗濯して横になると、仕事に出ていた家内が返ってくるまで、深い眠りにつきました。
翌11月3日(火)
目が覚めると朝の5時半でした。
十分な睡眠のおかげか、頭はスッキリとさえています。
一方で、身体はといえば、足、背中、肩が激しく痛み、軽く握りしめた状態で長時間走り続けていたためか、手のひらをうまく開くことが出来なくなっていました。
まだ走っている人はいるんだな。今頃は、天保山の舟乗り場に向けて大阪市内を走っているんだろうな。
その時です。なぜか無性に走りたくなりました。おもむろに布団から起き上がり、ランニングウエアに着替えて外に飛び出すと、東の空が次第に明るくなってきました。
全身筋肉痛で、痛みに悶絶しながら走り始めたのですが、痛みにもやがて慣れ始めたのかゆっくりではありますが走れるようになってきました。
走り始めると、頭の中では自問自答の繰り返しです。
大腿四頭筋のダメージが出ないようにするにはどうすれば良いのだろう。
練習量が少なかったのだろうか?
もっとスピード練習を取り入れた方が良かったのだろうか?
そもそも、来年どうするんだ?
本当に、今年で夢グレをやめてしまうのか?
10kmほど軽くジョギングし、自宅に戻ってきたときにちょうど朝日が顔を出しました。
朝日も、朝日に照らされる風景も綺麗だ。
夢グレのコース上で朝日に照らされた風景を見てみたい。
来年、もう一度チャレンジしようかな。
来年の出場を決意したまさにこの時、今年の夢グレは静かに幕を閉じたのでした。
※大会HPに結果の速報が出ていました。
完走者は4人とのことです。