これまでのこと

これまでのことを少し振り返ります。

初回の投稿でも書きましたが、ランニングを始めたのは2014年5月、今から6年前のことです。

6年前のある日のこと、髪を切りに行った際に立ち寄った本屋で目にした「10日間で確実に腹を凹ます」という本が気になって仕方がありません。普段、その手の本はまず間違いなく興味を示さないのですが、その日はまるで磁石に引き寄せられるように、気が付いたら手に取って立ち読みをしていました。

結局半年で13kg痩せました

別に肥満というほど太ってはいなかったのですが、年齢相応にポッコリと膨らんできた下腹部が気になり始めていました。何とかしなくてはと思っていた矢先に巡り会ったこの本に、運命的なものを感じずにはいられませんでした。

とりあえず10日間は本に書いてある通りのことをやってみたのですが、効果はまあそれなり、といったところでしょうか。11日目以降も続けることとし、少しだけランニングを加えてみることにしました。コースは近所の住宅地を1キロ程度周回するもので、コースの最後には傾斜のきつい坂があります。

その坂を駆け上がるとき、自分で勝手に「箱根駅伝ごっこ」と呼んで、箱根駅伝の5区を走っているつもりでいたのですが、急こう配の坂を駆け上がるのがやっとで、1キロ走っただけですっかり疲れ果ててしまいました。

ところが練習を重ねるにつれ、1キロが2キロに、2キロが3キロにと走る距離は次第に伸びていきました。やがて日々のジョギングでは飽き足らず、もっと長い距離、フルマラソンへの欲望が次第に膨らんできたのです。

マラソンのハウツー本を参考に、フルマラソン完走に向けての綿密な計画を立て、2014年の5月12日にトレーニングを開始しました。距離を少しずつ伸ばしていき、3ヶ月後に初めて10kmを走ることができたときは、何か一つのことをやり遂げた達成感、壁を超えた充実感に満たされ、初めて走る喜びを感じました。

そんなある日、私がランニングを始めたという噂を聞きつけたのか、会社の後輩が10キロレースに出ようと誘ってきました。

いろいろ調べてみると、その年の11月23日に行われる「福知山マラソン」の10キロの部は未だ定員に足していないことが分かり、福知山なら頑張れば日帰りもできるだろうということで、すぐに参加費を払い込み申し込みました。これでデビュー戦決定です。

練習を重ねるにつれ、走る距離も徐々に伸びていきました。次第に10kmのレースでは物足りなくなり、エントリーできそうなフルマラソンのレースを探したところ、11月30日に山梨県の富士五湖のうち、河口湖と西湖周辺を走る「富士山マラソン」を見つけました。福知山マラソンの次の週です。

福知山マラソンでレースの雰囲気を一度経験しておき、富士山マラソンでフルマラソンデビュー、スケジュールとしては申し分ない、ということで、迷わずエントリーのボタンをクリックしました。これでフルマラソンのデビュー戦も決定です。走り始めてから半年ちょっと、今から思うとかなり無茶な挑戦ですが、エントリーした時は完全に舞い上がっていて、様々な妄想が頭の中を駆け巡っていました。

妄想というものは拡大することはあっても、決して小さくなることはありません。最もこれは私だけかもしれませんが。

妄想は更にエスカレートします。

ある日突然、何かに引き寄せられるように奈良県の大神神社に行きたくなりました。大神神社へは電車で行くとなると2時間近くかかるので、車中の暇つぶしに1冊の本を携えて行きました。

岩元能史氏著「違う自分になれ」。ウルトラマラソンランナーの第一人者である岩元氏が自らの挑戦を綴ったものです。この中に出てくるバッドウォーターマラソン(217km)やスパルタスロン(246km)といった超ロングウルトラマラソンへのチャレンジの様子を読むにつれ、湧き上がってくる超長距離レースへの思いを抑えることができなくなりました。

私の人生を変えた一冊です

この本を読むまでは、スパルタスロンなんて存在すら知りませんでした。世界遺産に登録されているアテネのパルテノン神殿前からスタートし、スパルタの遺跡のレオニダス王の銅像までの走行距離246kmの超ロングコース。紀元前490年に起こったアテネとペルシャによるマラトンの戦いで、アテネ軍の使者がスパルタに援軍を頼むため、246kmを一昼夜で走りぬけた故事にちなんだレースです。制限時間は36時間。日本からも毎年ウルトラランナーがチャレンジしているようですがその過酷さゆえに、多くのランナーが途中リタイヤを余儀なくされています。

但し、スパルタスロンに出るには出場要件をクリアしなければなりません。いくつかの要件を比べた結果、(何の根拠もなく)最もクリアできそうなのが「100kmを10時間以内で走る」でした。早速、エントリーできそうなウルトラマラソンを調べると、ありました、翌年の1月19日に沖縄県の宮古島をほぼ1周する「宮古島ワイドーマラソン」。まだこの時点でレースデビューもしていないのに、気が付くとエントリーのボタンをクリックしていました。なんとこれでウルトラマラソンのデビュー戦も決定です。

さて、6年の間に様々なレースやマラニックに参加しました。

レース・マラニック参加回数

こう書くとなかなかのものですが、200km以上の21レース中、11レースは途中でリタイヤしていますし、完走したレースも100kmレースだと12~13時間、200km以上だとほとんどが制限時間ギリギリです。ウルトラランナーとしては、(レース数は多いかもしれませんが)ごくありふれたランナーではないかと思います。

これまで1.8か月に1回のペースでレースに参加してきましたが、今年は2月の小江戸大江戸200k以来、コロナの影響でどのレースも軒並み中止・延期となりました。これだけレース間隔が空いたのは初めての経験で、最近はレースの途中で道に迷って焦りまくる夢をよく見ます。禁断症状の一歩手前ですね。

このような状況下でも開催を予定しているレースはないかと血眼になって探したところ、8月1日(土)、2日(日)に開かれる「24時間リレーマラソン神戸大会」を発見。4年前に参加したとき、あまりの暑さに「二度と出るものか」と心に誓ったことなどすっかり忘れ、迷うことなくすぐに申し込みました。もちろん一人参加です。160日ぶりのレースに今からワクワク・ドキドキです・・・

ところが、なんということでしょう。この稿を書いている最中、大会主催者から中止のメールが届きました。「24時間という長い時間、寝食を共にすることもあり、現在のコロナ感染症の拡大原因となっている「会食クラスター」を防ぐことが難しいと判断した」とのこと、残念ですが仕方がありません。ぎりぎりまで開催を検討して下さった主催者の方々には感謝、感謝です。

これまでのことは以上でおしまいです。過去のことはもう振り返りません。

次のターゲットは、9月11日~13日に開催される日本100マイルクラブ主催の「太陽の道ウルトラマラニック(200km)」です。西の淡路島~伊勢までの北緯34度32分の線上に太陽崇拝や山岳信仰と何らかの繋がりのある古代祭祀遺跡が並んでおり、西の大阪湾をスタートし、この線上に並ぶ山や史跡・社寺を巡りながら、紀伊半島を横断してゴールの伊勢湾を目指します。

さあ、気持ちを切り替えて頑張るぞ~!

(日本100マイルクラブについては、稿を改めて紹介します)

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