活字中毒③ 百田尚樹の新・相対性理論
百田尚樹さんは関西の人気番組「探偵!ナイトスクープ」を担当されている放送作家でもあり、「海賊とよばれた男」で第10回本屋大賞を受賞するなど、小説のみならずエッセイやノンフィクションも数多く執筆されています。
本書について、百田さんご自身は次のように紹介しています。
現代社会には様々な価値基準がありますが、実は時間こそが一番大事なのではないか。今は、それまでの自分の生活を違う視点で見るチャンス。何かをやる時に、時間を基準に、自分の今の行動を見てみる。この本は、そのためのちょっとしたヒントになるんじゃないかと思います。
人生や生き方が「時間」を切り口に語られており、共感できることや参考になった点が沢山ありましたので、一部ではありますが紹介したいと思います。
・「好きなことを仕事にする」のではなく「仕事を好きになる」ことが大事。仕事を好きになると、その「時間」は楽しいものになる。
・自分の仕事が「誰かのためになった」「高く評価された」「そのことで今がある」と思えると、辛かった思いでは忘れ、逆に楽しかった思い出に置き換えられる。例えば、スポーツの世界でトレーニングをしているときは、死ぬほどの苦しさであっても、栄光を掴むと、それさえも楽しい時間となって記憶が置き換えられる。たとえ栄光を掴むことができなくても、そのトレーニングによって、自分がひとまわり大きくなったというような自覚を持つことが出来たときも同じである。
・「才能ある人」というのは時間を短縮することに優れた人であり、「努力する人」というのは時間を投入することに優れた人である。
・人類に先人たちの経験や知識を使いこなせない未熟さがあるのはたしかである。人類が先人の失敗や教訓を生かせないのは、私たちの心(精神)の成長には80年ほどの寿命では足りないから。知識はいくら吸収できても、心の成長はどんな人間もゼロからスタートしなければならない。人がその短い生涯の間に、欲望や嫉妬や怒りをコントロールするのは無理なのかもしれない。だから過去におびただしい失敗を見て、十分すぎるほどの教訓を学んでいるにもかかわらず、戦争を繰り返す。
・ナポレオン曰く「お前がいつの日か出会う禍(わざわい)は、お前がおろそかにした時間のむくいである」
人生が残り少なくなってくると、時間の大切さは身にしみて感じます。コロナ禍で在宅勤務をすることが増えたのですが、一日中家内と二人で家にいるこの状態はまさに「定年退職後の日常」ではないかと、ハタと気づきました。在宅勤務ですので、本当はちゃんと仕事をしなければいけないのですが、まあそれは横に置いておくとして、有り余る時間をどうやって使えば良いのか、暇であることに恐怖すら感じました。
もちろん、ランニングはしますが、それとてせいぜい1時間か2時間です。結婚生活も長くなると家内との会話もめっきり減ってしまい、へたをすれば「あれ、今日一日、一言もしゃべっていないなぁ」なんてことも。
百田さんもこの本で書いていますが、時間というのは心のありようで、いくらでも伸びたり縮んだりします。残りの人生で「何をし、何を感じるか」、それによって物理的な時間以上に、体感的・実感的な時間は長くなる、ということを教えてくれたこの本に、感謝したいと思います。
最後に、百田さんが好きな「メキシコの漁師とアメリカのビジネスマン」を紹介したいと思います。又聞きの又聞きのようになってしまいますがご容赦ください。
メキシコの小さな漁師町の桟橋に、アメリカからやってきたビジネスマンが立っていました。そこに漁師が舟で帰ってきました。船の中には獲ってきたばかりの新鮮な魚が少しだけ入っていました。
ビジネスマンが漁師に尋ねました。
「その魚を獲るのに何時間くらい漁をしたのか?」
「ほんのちょっとの時間です」
と漁師は答えました。アメリカ人は尋ねました。
「どうして長い時間、漁をして、たくさんの魚を獲らないのだ?」
「家族が食べる分だけあれば十分です」
「余った時間は何をしているのだ?」
「たっぷり寝てから漁に出て、子供と遊び、妻と過ごす。それから村へ行き、仲間と酒を飲み、ギターを弾く。忙しい人生なんですよ、セニョール」
アメリカ人は呆れて笑いました。
「私はハーバード大学を出てMBAも取得している。その私が君にアドバイスをしてあげよう。まず君はもっと長い時間漁をすべきだ。たくさん魚を獲って、金を稼ぎ、もっと大きな船を買う。そうすればもっと稼げるし、船を二艘三艘手に入れることができる。やがて船団を率いて、大量の魚を獲る。そうすれば、缶詰工場を作って、製品に加工して大量に売りさばける。そうしたら、この漁村を出て、もっと大きな都会に行き、やがてはニューヨークに住んで、大きな会社を作って、それをさらに大きなものにするんだ」
「そこまでなるのに、どれくらいの時間がかかりますか、セニョール?」
「二十年から二十五年かな」
「その後は何をするんですか?」
「タイミングがきたら、株式公開して市場に株を売る。そうすると億万長者になれる」
「億万長者になって何をします?」
「引退して、小さな漁村にでも移り住んで、そこで子供達と遊び、妻と過ごし、仲間たちと酒を飲んで、ギターを弾くのだ。どうだい、素晴らしいだろう」
いかがでしょう。豊かな生活ってなんだろうと考えさせられますね。